東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1085号 判決
原判決中その余の申請を却下するとの部分を除きその他の部分を取り消す。
被控訴人等の本件仮処分命令の申請はこれを却下する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
本判決は第一項に限り仮にこれを執行することを得。
二、事 実
控訴人等代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、原判決事実摘示の控訴人等の主張第一の内(一)及び(二)の抗弁はいずれも撤回すると述べ、被控訴人等代理人において、右撤回に異議なしと述べた外は、すべて原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
まず被控訴人等の本件仮処分申請が不適法なりとの控訴人等の抗弁につき判断する。
控訴人等は、「申請人たる被控訴人等は、正伝寺の檀徒総代であると主張して本件申請をなすが、一般に檀徒総代は寺院の執行権や寺院の意思決定についての議決権なく、正伝寺檀徒総代としては自ら住職を選任する権限を有しないのみならず、現在は檀徒総代ではないから、被控訴人等は管長の住職任命行為の効力を争い、殊に住職の職務代行者を選任する仮処分命令を申請するについて当事者たるの適格がない。」旨(原判決事実摘示第一の(三))抗弁するが、本件仮処分申請の本訴たる管長の住職任命行為の無効確認の訴はこれが無効を主張するにつき法律上の利益を有する者に対しては当然許されなければならぬものであり、これが許されるとすればその保全処分たる仮処分の申請もまた、当然なし得べきものであつて、被控訴人等に控訴人等の主張するような権限が無ければ無効確認の訴求竝びにこれが仮処分の申請をする当事者適格がないものとは即断し得ない。ところで、およそ寺院の檀徒はその寺院の教義を信奉して自己の主宰する葬祭その他の儀式を委託し、寺院の経費を分担するものであり寺院構成の要件の一を成すものであるから、檀徒たる以上その帰依する寺院の主宰者たる住職の何人なるやについては直接利害関係を有することは言を待たざるところであるが故に、単なる檀徒であつても住職の任命行為の無効を主張するにつき法律上の利益を有し、無効確認の訴求及びこれが仮処分の申請をなし得るものといわねばならぬ。まして檀徒総代は寺院の経営に関しては住職と協力し、物心両方面より僧俗一体となり、寺院の経営に誤りなからしむべき職責を負うものであるから、一般檀徒より更に重大なる利害関係を有する。ところで被控訴人等三名が少くとも本件住職任命行為のあつた昭和二十三年十二月当時正伝寺の檀徒総代であつたことは当裁判所が真正に成立したと認める甲第四号証及び成立に争なき甲第五号証により明らかである。しかるにその後昭和二十四年一月十五日附を以て新総代として川下寅蔵、小林高次郎、藤沢直七の三名の就任届がなされたことも成立に争なき甲第十五号証の二により認められるが、後任総代は総代に諮り住職が指名し、その選任は住職または担任教師から現任総代連署の上これを管長に届け出なければその効力を生じないことは、成立に争なき甲第七号証の日蓮宗宗則、同第八号証の正伝寺寺院規則により明らかであつて、右日蓮宗宗則第二十号第六条に所謂現任総代とは新たに選出せられた総代を指称するのであり、従つて現任総代にあらざる従前の総代の連署は必ずしも必要でないと解すべきであるから、右甲第十五号証の二の新総代就任届に従前の総代たる被控訴人等の連署なくして、その届出がなされたとて、それがために届出が無効となるべきものでないと解する。しかしながら住職がなす檀徒総代の指名は正当に住職の地位にある者の指名たることを要するは勿論であるから、若し本件住職任命行為が無効であるとすれば右任命行為により住職となつたと称して控訴人田村のなした新総代の指名選任もまた当然無効となり、被控訴人等は檀徒総代の地位を失わないことになる。被控訴人等は右住職任命行為が無効なりと主張してその確認の訴の保全処分として本件仮処分の申請をなすものであるから、その主張の当否がひいては新総代の指名選任の効力を左右し、従つてまた被控訴人等の檀徒総代の地位に消長を及ぼす関係にあり、この点からしても被控訴人等には右任命行為の無効を主張するにつき法律上の利益あるものというべく、これが無効確認の訴求竝びにその保全処分たる仮処分の申請をなし得る当事者適格を有するものと解すべきであるから、右抗弁は失当である。
次に、控訴人等は、「日蓮宗宗則第十八号第六条及び第九条によれば代務者又は関与人が檀徒総代の同意を得て住職候補者を選定し、管長の承認を申請するのは住職が欠けた日から九十日内になすことを要し、その期間経過後は檀徒総代は住職の選任について何等関与する権利を有しない。申請人等の主張自体によるも管長の住職任命行為は住職が欠けた日から九十日の期間経過後になされたものであるから申請人等には本件申請の当事者適格がない。」旨抗弁する。前記甲第七号証によれば、日蓮宗宗則第十八号第六条に「一般寺院の住職が欠けた場合には代務者があればその代務者が住職候補者一人を選定し関与人及び総代の同意を得て、代務者もなければ関与人が住職候補者一人を選定し総代の同意を得て住職が欠けた日から九十日以内に管長の承認を申請せねばならぬ」旨、同第九条に「住職が欠けた日から九十日以内に住職候補者を選定しない時は管長は宗務所長に事実を調査させた上で住職を任命することができる」旨を規定しているので、檀徒総代としては右九十日の期間を経過し、住職選定に対する同意権を発動させる機会を失えば最早その後になされた管長の住職任命に対しては檀徒総代の同意なきことを理由にその任命行為の効力を云為することを得ざるも、他の原因によりその任命行為の無効を主張するにつき法律上の利益あるにおいてはこれが無効確認の訴求並びに仮処分の申請をなし得る当事者適格あることは前段説示の通りであるから、右抗弁もまた理由がない。
よつて進んで本件仮処分申請の実体上の理由の当否につき判断する。
東京都港区金杉浜町四十七番地所在の正伝寺は、その先代住職森海芳が昭和二十年十月十二日死亡し、翌二十一年七月十八日から法類総代佐野隆迢が兼務住職となつていたが同師も昭和二十三年七月十七日任期満了により退任し、その後は無住となつていたこと、及び昭和二十三年十二月十五日控訴人日蓮宗の管長深見日円が正伝寺の住職として控訴人田村行泰を特選任命したことは、いずれも当事者間に争いがない。而して前出甲第七号証、成立に争なき甲第二、第三号証、原審竝びに当審証人西川景文、当審証人永倉唯嘉(当審の全部)の各供述を綜合すれば、正伝寺は、先住森海芳死亡により後任にその長男森海晃を据えようとしたが、同人出征中のため法類総代佐野隆迢を兼務住職としたところ、右海晃は戦死し、佐野の任期も昭和二十三年七月十七日満了して無住となつたのであるが、前記日蓮宗宗則の規定上住職が欠けたときは代務者又は関与人は住職候補者を選定し、総代の同意を得て住職の欠けた日から九十日以内に管長の承認を申請せねばならぬことになつているのに、そ後の所定の九十日を過ぎても正伝寺側よりその申請がなかつたので、控訴人日蓮宗当局としても、関東大震災以来荒廃した正伝寺の復興上永く無住のまま放置し難きところから、昭和二十三年十二月十三日正伝寺所管の南部宗務所長三戸勝亮に事実調査を命じ、翌十四日同所長より調査の報告があつたので、その翌十五日附にて管長により控訴人田村行泰を正伝寺の住職に任命する旨の特選行為がなされたことが認められ、この認定を左右するに足る証拠は全くない。従つて右認定の範囲においては管長の本件特選による任命行為は、前記日蓮宗宗則の規定に則つてなされたものであつて、他にこれを無効ならしむべき理由なき限り有効である。
よつて被控訴人主張の無効理由((イ)ないし(ホ))につき順次審按する。
(イ) およそ独立の法人格を有する寺院の住職を定めるについては、その構成分子である檀信徒の意思や、その関係者である寺族の意思を尊重せねばならぬことは勿論だが、その寺院の属する宗派の管長による住職の特選の制度は宗派が信仰団体であると同時に統制団体であるところから、その秩序維持その他統制上の要請上存在するものである。この要請に応ずるためには檀信徒総代等の寺院関係者の意思の尊重にも自ら限度があり、前記日蓮宗宗則においても寺院関係者の意思を尊重すればこそ住職の欠けた日から九十日の期間を与えてその欲する住職の選任を認めているのであるが、正伝寺が控訴人の日蓮宗なる統制団体の一員たる以上その統制の必要上から、右期間経過後は住職の選定を本件の如き管長の特選に依らしめたものであるから、これがため仮令寺院関係者の意に副わざる結果に陥つたとしても、民主主義に反するものとは断じ難く、何等憲法に違反するものではない。
(ロ) 当裁判所が真正に成立したものと認める甲第六、第十三、第十四号証及び原審証人馬田即貞の供述によれば、控訴人田村行泰は正伝寺の住職に特選されるまで同寺の向側にある東京都港区金杉浜町四十三番地の円珠寺の住職であつた者で、正伝寺歴代の住職とは不和の間柄にあり、また身延山山林問題に関し、深見管長等を告発する等の行為があつたため、被控訴人等を始め正伝寺の檀信徒の中には同師の徳行を疑い入寺を拒絶している者も相当多数居ることは認められるが、その檀信徒の全部が控訴人田村の入寺に反対している訳ではなく、同人を支持している檀信徒も若干居ることも、また当審証人藤沢直七、当審における控訴本人田村の各供述により窺い得られ、右認定に反する当審証人森真正、当審における被控訴本人相原玉三郎の各供述はたやすく信用し難い。而して憲法が保障する信仰の自由とは、特定の宗教を信ずる自由、これを本件の場合についていえば、被控訴人等を始め正伝寺の檀信徒が控訴人日蓮宗の教義を信奉する自由をいうのであり、これが教義の宣布に従事する住職の何人なるやは檀信徒の信仰心に多大の影響を及ぼすものではあるが、その住職の人物如何によつて憲法上の信仰の自由が奪われるものでないと解する。本件正伝寺の檀信徒の多数が現在控訴人田村の入寺を拒んでいることは前認定の通りだが、右檀信徒等が控訴人田村が正伝寺住職となることを、管長の特選任命前反対して日蓮宗当局にこれが意思を表明していたと見るべき資料は存しないのであるから、特選の結果が意外であつたとしても、控訴人田村の人物に不満な檀信徒は正伝寺を離脱する自由が与えられている現状である以上、本件特選の任命行為が被控訴人等の信仰の自由を奪うものとはいい得ないから、この点に関する憲法違反の主張も理由がない。
(ハ) およそ宗派は統制団体であるから一定の宗派に属する寺院はその宗派の法規に服さねばならぬものであり、独立した法人格を有する寺院であつても、その寺院規則は宗派の法規に抵触しない範囲において有効なものといわねばならない。成立に争なき甲第八号証の正伝寺寺院規則には、第九条に、「後任住職は住職に於て住職候補者一名を選定し法類総代及び総代の同意を得て管長に任命を申請するものとす、住職又は其の代務者欠けたる場合に於ては法類総代に於て住職又は其の代務者欠けたる日より十四日内に住職代務者ある場合に於ては住職の欠けたる日より九十日内に前項の手続を為すものとす」と規定しあり、右は前出日蓮宗宗則第十八号第六条に対応した規定であり、右正伝寺寺院規則には住職が欠けた日から九十日内に住職候補者の選定がなされない場合についての規定を欠くことは被控訴人等主張の通りであるが、この場合に処するため、その所属する統制団体の法規たる日蓮宗宗則第十八号第九条の管長による特選の規定の適用を受けるのは当然である。従つて右宗則の規定に基いてなされた本件特選行為の効力を否定する被控訴人等の主張は理由がない。
(ニ) 被控訴人等は、「日蓮宗内においては管長による住職の特選任命はその寺院の檀信徒法類等の間に後任住職の問題について紛争が生じていない限りはこれを行わないということが慣行となつており、ために同宗内の無住寺は常に全国で約三百、東京都内だけでも約十ケ寺を数える状態である」旨主張し、右無住寺の存在する点は原審証人馬田即貞の供述により窺われるが、慣行の点は同証人の供述、甲第二十七号証等によるも必ずしも明確ではない。また、本件特選任命の前提行為として南部宗務所長三戸勝亮が管長の命により事実調査をなしたその調査報告書中に、「昭和二十三年七月佐野師満期となるや遺族、総代側において後任住職問題について焦慮中同年十一月蓮乗寺住職馬田即貞師の斡旋により山梨県常法寺住職青柳正法師の法弟青柳真正師(36)を先住森海芳師の姪森マツに配し以て正伝寺後任住職となすべく総代会の同意を得目下法類及び関係者へ交渉中の由なり」と記載されてあることは前出甲第三号証により明らかであり、当時右正伝寺住職の後任問題につき檀信徒、法類、寺族等の間に紛争があつたと認められる資料もないけれども、元来本件特選による任命制度は、前述の如く、宗派の統制上の必要から存在しているものである以上、右正伝寺関係者側の意思のみに依拠せねばならぬものではなく、他の諸事情をも考慮の上寺院関係者側の意図する以外の僧侶を選んでこれを住職に任命し得ることは管長に与えられた正当の権限である。本件特選に先立ち正伝寺関係者側の意向が前述の如く訴外森真正をその住職に迎えるにあることが窺われる調査報告に接している以上、管長としても、先住遺族の保護、僧侶間の融合の点を考慮し、住職選任に慎重を期せねばならぬことは勿論であるが、右森真正は身延中学その他において種々の非行があり、また正伝寺は験者を以て住職とすべき寺院であるのに同人は年も若く験者でないのでその後任住職としては適任でないこと、また正伝寺は毘沙門天が勧進せられ、従来東京都内においても有数の寺院として隣在の円珠寺(控訴人田村の前任寺)と竝び称せられていたが、先住森海芳時代に関東大震災にあい爾来本堂、庫裡は荒廃するに任せ、殊に終戦後は檀信徒も離散し、森海芳没後、法類総代佐野隆迢が三年間兼務住職となつたが、同師の退任後九十日の期間を経過するも関与人たる法類総代等より住職候補者の選定及び承認申請がないため、控訴人日蓮宗の宗務院においても、適当な住職候補者の人選を進めていたが、控訴人田村は験者であり、円珠寺の住職としてその復興に相当の実績を示し、且つ右円珠寺に永く住して隣在の正伝寺の事情にも通暁しているので、同寺の住職には最も適任と認め、しかもその特選任命に当つては法類と親交を結ぶことは勿論先住遺族の生活の面倒を見ることについて承諾を求めたところ、控訴人田村もこれを承諾したので、管長において同人を正伝寺住職に特選任命するに至つたものであること、以上控訴人側主張の本件特選に及んだ事情は原審竝びに当審証人西川景文、当審証人永倉唯嘉(同人は当審の全部)、当審における控訴本人田村行泰の各供述により認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。本件特選がなされた事情が前認定の如くである以上、その特選任命は前記調査報告書記載の事情を全然無視した訳ではなく、これを考慮に入れての管長の権限内の正当の行為であつて権利の濫用とまでは云い得ない。
(ホ) 被控訴人等は、本件特選任命は身延山山林問題に関し、管長及び本山当局者を告発した控訴人田村夫妻の歓心を買うため、その慰撫策としてなされた不法の目的のものである旨主張する。控訴人田村が身延山山林問題に関し深見管長等を告発したことは前述の通りであり、成立に争なき甲第十一、第十二号証、原審証人馬田即貞、西川景文の各供述によれば、控訴人田村が正伝寺の住職に特選せられると同時に、その前住の円珠寺の住職にはその妻貞淳尼が有髪のまま選任され、当時の宗務総監西川景文が右は田村の慰撫策もある旨口外したことは明らかであるから、田村夫妻の右住職に任命せられるに当つては同人等を慰撫する意味が全然加味されていないとは断定し難い。
しかし本件特選がなされるに至つた事情は前段認定の如く正伝寺の復興にその適任者を得ることが強く要請せられ、その適任者として控訴人田村に白羽の矢が立てられた実情にあり、その選定に当り控訴人田村の夫妻と管長及び本山当局者との間の円満融和を図るため、同人等夫妻を慰撫する意味が加味されたとしても、そは結局日蓮宗一派の統制上の必要という観点からすればあながち不法の目的に出たものとも断定し難い。
以上説明するところにより、本件特選任命行為が無効なりとの被控訴人等の主張はすべてこれを認め難く、従つて右無効確認の請求権を被控訴人等が有することの疎明は遂にこれを得られざるに帰し、なお保証を以てこれに代えることも適当でないので、右請求権を有することを前提とする本件仮処分命令の申請は爾余の点につき判断するまでもなく、失当であること明らかであるからこれを却下すべきである。
従つて原判決中被控訴人等の申請を認容した部分は不当であり、本件控訴はその理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第七百五十六条ノ二、第百九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 大江保直 梅原松次郎 猪俣幸一)